張り込み調査の実状
忍耐力勝負の張り込みも探偵の大きな仕事の一つだ。特に不倫調査では、事前に愛人の自宅が割れている時など、いつ不倫相手の依頼者の夫がやってくるかもしれず、じっと自宅前で張り込むこともよくある。これが連日続くと思うとうんざりするが、そこはよくしたもので、調査対象の愛人が仕事をして いれば、その間は一旦仕切り直しとなり、一息つくことができるのだ。その点、どこへ向かっていくのかわからない尾行に比べると、精神的には楽な部分もある。ただし集中力と体力がなければ続かない。不倫をしている人たち……特に男女それぞれ配偶者のいるダブル不倫の場合は、密会はとても慎重に行われるのが常だ。その場所となるのは、ご多分に漏れずラブホテル。こっそり肩寄せ合って入るのだが、そこが撮影のポイントとなるので、尾行していてラブホテルのネオンが見えてきたら、すぐにビデオカメラをスタンバイするのが、デキる探偵のノウハウでもある。中には調査対象者である夫を尾行していたら、一人でラブホテルに入ってしまったということもあるが、この場合は不倫相手と時間差でそれぞれ別々に入る手法を用いているのだ。しかし、この場合、対象者である夫がラブホテルに入っただけで、不倫の確たる証拠にはならない。「徹夜明けだったので、一眠りしようと思って手っ取り早くラブホテルに入った」と言えば、限りなくグレーではあるが黒とは言えない。そこで尾行していた探偵は、調査方法を張り込みに変更し、ホテルの入口が良く見えて、長時間の車中での待機していても怪しまれない場所に陣取る。大抵のカップルの場合、不思議なことに入る時は別々でも、出る時は辺りを気にしつつも一緒のことが多い。情熱的なひとときを過ごし、どこか離れがたい気持ちになって、ついそうなってしまうのだろうか。ともあれ、張り込みをする探偵にとっては、一緒に出てくる、その瞬間が調査のキモである。絶対に逃すわけにはいかない。ところが、この日、探偵が例のごとくラブホテルの前で張り込んでいると、どうも周囲の雰囲気がおかしいのだ。弊社MRの探偵以外に、このホテルを見張っているような車両が数台、停まっている。しかも、その内の一台には、いかつい男たちが何人か乗り込んで、ホテルの気配をじっと窺っているようなのだ。ホテルのドアが開く度に、探偵の面々も、そしてやはり見張っている車両の男たちも、瞬時に玄関に視線を向け、緊張が走る。「これは他の興信所の探偵じゃないか?」「確かにラブホテルだから、かち合ってこともあるな」と、探偵たちは話していたが、それにしてもどうも探偵の雰囲気とは違う。「では、一体何者……?」など、つらつら考えているうち、調査対象者である夫が、愛人の肩を抱いて、辺りを警戒するように出てきたのである。探偵たちは、すぐさま撮影の体制になりカメラを回し始めた……その時だった。夫と愛人の前に、駐車していた車の中から、脱兎のごとく飛び出してきた人影が、やおら立ちふさがったのである。「あなた! この女、なんなのよ!」探偵たちは色めきだった。なぜなら、二人の前に現れたのは調査を依頼した妻本人だったのである。愛人との密会の現場を押さえようと、張り込んでいると連絡していたのだが、それを聞いて居ても立ってもいられなくなってしまったのだろう。まさか、現場に来るとは……。妻は物凄い剣幕で怒っているものの、愛人は開き直って不敵な態度で依頼者を挑発する。「あなたが相手してあげないのがいけないんじゃない……」と、そこまで言いかけた時、愛人の顔が凍りつく。なんと、今度は愛人の旦那と思しき人物が、拳を固く握りしめて近づいていく。やはり、この旦那も妻から見張っていたようだ。夫と愛人の夫、愛人と依頼者、強烈な四人の男女の修羅場がホテルの前に出現してしまった。もちろんホテルの従業員の制止など聞かない。探偵はどうしていいのか、もはやパニック状態。これもある種の証拠になるだろうとビデオカメラを回し続けてはいたが……。すると、今度は例のいかつい男性四人が車両から降り、彼らを取り囲んだ。「今、捜査中なんだ! 邪魔しないでくれ!」と言って、速やかに移動するよう四人に促す。どうやら私服警官らしい。その時、ホテルの自動ドアが開いて、髭面の男がでてきたのだが、私服警官を見て「あっ!」と声を上げ、女をほったらかしにして逃げ出してしまった。私服警官たちは、「待てーっ!」と叫びながら後を追いかけた。なんとホテルから出てきた男は指名手配犯で、私服警官たちはこのホテルに追い詰めていたのだった。無事、犯人は警官たちの格闘の末、捕まえられたのだが、刑事ドラマさながらの出来事を目の当たりにし、きょとんとしていた四人の男女は、呆然と立ち尽くすしかなかった。呆気にとられている今こそ出番だと、探偵がようやく仲裁に入り、後日、四人で話し合いの場を持つということで、それぞれ帰宅の途についたのである。ちなみに今回の夫婦、ここまで修羅場を演じたにもかかわらず、元のさやに戻り円満な生活を続けている。愛人は一連の大騒ぎで余程恐怖を感じたのか、あの事件の日以来、夫に一切、連絡をよこさなくなったという。それにしても探偵人生で一度あるかどうかの、貴重な体験となった。弊社の調査によると、不倫の密会の場として利用されているのは、ラブホテルがトップ。また、比較的安価な金額のビジネスホテルも、地方や宿泊を伴った逢瀬の場合に使用される頻度が高いようです。意外なのは、不倫相手の自宅。当然ですが相手が独身である場合に限ります。探偵の間では、これを「自宅不倫」、略して「宅倫」と呼んでいます。数字的には少ないものの、車内や会社の休憩室、あるいは倉庫など、経費のかからない場所で情事に及ぶケースもあります。こうした場所での不貞行為は、誰かに見られるかもしれないスリルを感じながら興奮したいという、一種のプレイに近く、他のホテルなどと併用して楽しんでいるようです。