探偵の仕事にやりがいをもたらした出会い
弊社に就職する新人はほとんどが、自社で運営している探偵学校を卒業した逸材。最初は新人の誰もが、探偵の経験のないいわばアマチュアである。そんな調査の右も左も分からない素人が、どの時点でプロとしての自覚を持っていくのか。弊社の探偵たちに聞いてみたところ、面白いエピソードを知ることになった。新人探偵の探偵のYくんは、偶然、MRの探偵が出演したテレビ番組を視聴。それがきっかけで、当時、就職していた大手不動産会社を辞職し、探偵の道を選んだという珍しい若者だ。「『人は男でも女でも隙あらば浮気をするものです』と岡田社長が語っていた言葉が、ものすごく心に刺さりました。そうか、今まで僕があれば人は裏切らないものだと思っていたけれど、それは大きな勘違いだったのかもしれない……と思って、MRに電話しました」人間の底知れない心理の有り様を知りたいという欲求から、探偵になったYくん。以来、多くの不倫・浮気調査に携わってきたが、探偵の仕事をこなす中で、忘れられない人生の転機となった案件と出会った。それは、妻が不倫しているかもしれないという男性からの調査で、その妻の不倫相手は特定の男性ではなく、不特定多数のゆきずりの男たちだったという案件である。調査結果を報告する際、依頼者に対しておおいに同情しつつ、できるだけ傷つけないように話そうと決めていた。しかし、事実は変えようもない。絶望して精神的に病んでしまうのではないかと心配していたくだったが、夫の反応は意外なものだった。「いや〜ありがとうございました。これで妻とやり直せます」その言葉にYくんは、耳を疑った。妻がどっぷり浮気しているというのに、なぜやり直せるというのだろうか? そのことをYくんが率直に尋ねると、夫はすぐに答えた。「妻がこうなったのは、実は私のせいなんです。以前、私が愛人を作ってこっそり不倫していたことが妻にバレて、ずいぶん揉めたんです……」とすると妻は、「愛する人に裏切られるってどういうことなのか、あなたも実感すればいいわ!」と告げて、別居生活を始めたというのだ。妻の捨て台詞と、その意味を考えれば、今回の結果は至極当然の帰結であった。しかも妻は、定期的に夫と会い、その度に「私、新しい彼ができた」「昼間のラブホテル、空いていていいわよ」などと、夫を挑発する言葉を浴びせていたのだ。夫はそんな妻の行動が次第に怖くなって、愛人とすっぱり手を切り、妻を元通りの生活に戻そうと考えた。だからこそ、やり直しのための事実の調査で、今さらそのことをネタに離婚しようとはまったく思っておらず、むしろ妻が無理をして当てつけのように浮気を重ねているように夫には感じられていた。「つまりこれで、ご夫婦で『おあいこ』。お互い様ということですか?」と、Yくんは聞いてみた。すると、夫は……。「そこがちょっと違うんですよ。最初は私にやきもちを焼かせてしまうと思って浮気をしていたでしょうが、今は大きな罪悪感に包まれていると思うんです」夫はYくんに訥々と、本当の心境を語り始めた。実は妻から離婚の話を切り出されたことは一切なく、むしろ「このままでいいの? なんとかしないと、私が本当に逃げちゃうよ?」と、夫に懇願するようなこともあった。妻の浮気の気配を察していた夫は、嫉妬の感情を抑えつつも無言で対応していると、妻は途方に暮れたように泣き崩れてしまったとか。「その時分かったんですよね。妻は今ものすごい罪悪感に苛まれていると。すべて私のせいでこうなってしまったわけですから、この調査結果を伝えて、心から妻に謝るつもりです。今まで苦しませてごめんと……」「それで奥さんは分かってくれますか? 調査結果を話すのは、逆効果じゃありませんか?」夫は「実は……」と切り出し、今回の依頼にまつわる真相を告白した。「実は妻も私を探偵に調べさせていたんです。お互いに二つの調査結果を並べて、これはもう終わったこととして、焼き捨てようと思っています。ここからリセットして、もう一回やり直しますよ」Yくんが絶句したのは言うまでもない。これまで不倫・浮気調査は、たいていが離婚を有利にするための証拠として使われるのが常であった。しかし、MRでは夫婦の関係を修復するようにアドバイスを行っている。今回の案件は、いわば依頼者である夫と調査対象者である妻の、絆の深さを互いに再確認する行為だったのある。「調査」人のスリルや秘密を探るのが目的ではなく、心の叫びを追尾するというか、その真実に触れてそこから真実に迫る手法というか……。うまく説明できないのですが、なんだか探偵として一歩成長したような気がして、僕にとってターニングポイントになった案件でしたね」とYくんは力説した。出会いと別れは依頼者だけの問題ではない。そこ深く関わる探偵の人生にも、大きな影響を与えているのだ。でなければ探偵は、ただの調査屋である。MRの考えとしては、人の心の深みを見つめ、誰もが幸せとなる真実に迫ることが探偵の醍醐味である。そのことを知れば探偵は、ある種の人生の修復業であるとも言えよう。